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名古屋地方裁判所 平成3年(行ウ)19号 判決 1991年9月27日

原告

青木吉道

被告

愛知県知事

鈴木礼治

右訴訟代理人弁護士

佐治良三

主文

一  本件訴えを却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

被告は、別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)につき、建築物の延べ面積の敷地面積に対する割合(以下「容積率」という。)の上限を一〇分の八〇にするように都市計画を変更せよ。

二  被告の本案前の答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、本件土地を所有している。

2  本件土地は都市計画において商業地域と定められている地域内に所在するものであるところ、当該地域については、容積率の上限は一〇分の四〇と定められている。

3  被告は、昭和六三年に本件土地の近隣にあった栄公園を廃止し、跡地に新文化会館並びに日本放送協会、日本生命相互会社、第一生命相互会社及び名古屋鉄道株式会社が共同して建設する共同ビル(以下「共同ビル等」という。)の建築を許可したが、その際、その敷地については、容積率の上限を一〇分の八〇に変更した。右変更自体は都市機能上当然であるものの、右のような被告の行為は緑地をなくし良好な都市環境を破壊するものであり、共同ビル等の建築により周辺住民の公衆衛生を後退させるものであるが、被告は、その改善に努めなかった。さらに、本件土地を含む共同ビル等周辺北側地域については、木造二階建ての建物が多数あり、隣接して共同ビル等ができたことから、防災、安全、衛生等の整備が必要であるのに、被告が都市計画上容積率の見直しをしないため、右地域においては、低層建物しか建築できず、昇降機の設置も経済性から否定される現状である。このような被告の行為は、憲法二五条二項、都市計画法三条二項、一三条一項七号に照らして配慮の足りないものというべきである。また、都市公園を違法に廃止して法人企業にこれを譲渡し、一部企業にのみ二倍の特権を与える一方で、周辺地域の容積率見直し等の要求を拒否することは、法の下での平等を否定するものである。

4  したがって、本件土地を含む地域の容積率の上限も一〇分の八〇に変更することが妥当であるので、本訴においてこれを求める。

二  被告の本案前の主張

請求原因1及び同2の事実は認めるが、本訴請求は本件土地の容積率を一〇分の四〇から一〇分の八〇に変更するという作為を行政庁である被告に求めるというもので、講学上、「無名抗告訴訟」と呼ばれているもののうち「義務付け訴訟」のカテゴリーに属するものであるところ、右訴訟は、行政庁の第一次的判断権留保の原則を侵害するものであって、許容されないというべきである。仮に、これが許容されるとしても、そのためには、少なくとも、①行政庁が当該行政処分をなすべきこと又はなすべからざることについて法律上覇束されており、行政庁に自由裁量の余地が全く残されていないために第一次的な判断権を行政庁に留保することが必ずしも重要ではないと認められること、②事前審査を認めないことによる損害が大きく、事前の救済の必要が顕著であること、③他に適切な救済方法がないことという要件をすべて満たすことが必要であると解すべきところ、本件訴えは、右の①及び②の要件を欠くことが明らかであるから、不適法な訴えとして却下されるべきである。

理由

一本件訴えは、行政庁である被告に対し容積率に係る都市計画の変更を求めるものであるが、次に述べる理由により、いずれにしても不適法な訴えというべきである。

1  商業地域について容積率の上限の数値を定める決定は、商業地域内の建築物の容積率は一〇分の四〇、一〇分の五〇、一〇分の六〇、一〇分の七〇、一〇分の八〇、一〇分の九〇又は一〇分の一〇〇のうち当該地域に関する都市計画において定められた数値以下でなければならないと定める建築基準法五二条一項四号の規定を前提として、都市計画法八号二項二号イに基づき都市計画決定の一つとしてされるものであり、また、そのようにして定められた数値の変更は、同法二一条に基づき都市計画の変更としてされるものである。右の都市計画の決定又は変更が告示されて効力を生ずると、当該地域内においては、新たに定められた基準に適合しない建築物については建築確認を受けることができず、ひいてはその建築等をすることができないこととなる(建築基準法六条四項、五項)が、その反面、仮に、既に一〇分の四〇以下と定められていた容積率の制限が一〇分の八〇以下に緩和されれば、容積率が一〇分の四〇を超え一〇分の八〇以下の建築物について新たに建築確認を受けてその建築等をすることが可能になる。このように、右決定又は変更が、当該地域内の土地所有者等に建築基準法上新たな内容の制約を定め、その限度で一定の法状態の変動を生ぜしめるものであることは否定できないが、かかる効果は、あたかも新たに右のような制約を課する法令の制定ないし改正がされた場合におけると同様の当該地域内の不特定多数の者に対する一般的抽象的なそれにすぎず、このような効果を生ずるということだけから直ちに右都市計画の決定又は変更が右地域内の個人に対する具体的な権利の変動を伴う処分であるということはできないのであるから、容積率に関する都市計画の決定又は変更は抗告訴訟の対象となる処分には当たらないと解するのが相当である。

2 公権力の行使に当たる行政庁には公定力を伴う第一次的判断権が与えられているのであるから、右の判断権は尊重されなければならず、また、裁判所の審理判断は事後的審査を原則とすることに照らすと、いわゆる義務付け訴訟は現行法上原則として許されないというべきであり、例外的にこれを認める余地があるとしても、そのためには、少なくとも、当該行政処分が法律上覇束されていて、行政庁の第一次的判断権を尊重する必要がない程度にその内容が一義的に明白であることが必要であると解される。

ところが、容積率の制限は、街全体の環境を守り、道路、交通機関、上下水道等の公共施設の供給力とのバランスを保つため、建築物の密度を規制するものであるから、建築基準法五二条一項四号に定められている数値の中から一つを選ぶ決定又はその変更は、行政庁が当該地域の建築物の用途構成、公共施設の容量、地価等の諸般の事情を総合的に考慮して行うものであり、右決定又は変更に当たっては、都市政策ないし住宅政策的観点から行政庁に広範な裁量が認められるべきものであり、前記の義務付け訴訟が許容されるための必要条件を充足しないことが明らかである。

二よって、本件訴えを却下し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官瀬戸正義 裁判官杉原則彦 裁判官後藤博)

別紙<省略>

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